小学生の頃に魅了され、大人になっても私の心を離さない物語がある。
それが今作の原作、「若草物語」(ルイーザ・メイ・オルコット著)だ。
青い鳥文庫で繰り返し読み、夢中になってページをめくった指の感触を今でも覚えている。
そんな私は、映画の最初のシーンからエンドロールまでとにかく涙が止まらなかった。
マーチ家の四姉妹がやかましくおしゃべりしているのを見るだけで、エモーショナルになって泣けた。
そこに、私が幼少期より夢想していた「若草物語」の四姉妹が息づいていたからだ。
「若草物語」の主人公は、アメリカ南北戦争時代に少女時代を過ごすマーチ家の四姉妹である。
彼女たちの父親は従軍牧師として出征中で、四姉妹は優しい母と共に女性だらけで過ごしている。
おしとやかで美しい長女メグ、おてんばで情熱的な次女ジョー、繊細で優しい三女ベス、愛らしく生意気な四女エイミー。
それぞれまるで違った個性を持つ四姉妹には、それぞれの生き方、人生の選択が存在する。
女優の才能を持つ長女のメグは、近所の貧しい家庭教師と恋に落ち結婚・出産をし、家庭を築く。そして厳しい経済の問題に向き合うことになる。
次女のジョーは、幼いころからの小説家としての夢を追うが、姉の結婚、幼馴染のローリーからのプロポーズを断ったことをきっかけに、女性の仕事・結婚の問題にぶち当たる。
ピアノが上手い三女のベスは、心優しいゆえに重い病にかかり、死との長い戦いを強いられる。
四女のエイミーは、画家を夢見てパリへ向かうが、女性と芸術の問題に気づき、家族のためにも裕福な男性との結婚を目指す。
こうして並べてみると、どれも現代を生きる女性に起こりうる問題に四姉妹が向き合っていることが分かる。
私は幼いころから、小説家志望の強がりな情熱家の次女ジョーに圧倒的に共感を覚える。
当時は、ジョーの小説の原稿を腹いせで暖炉にくべたエイミーのことが絶対に許せず、大嫌いだったほどだ。
今作でも、いちいち劇中のジョーのセリフに共感し胸が苦しかった。
ジョーが姉メグの結婚の際につぶやく、“少女時代が終わっちゃう。”という言葉なんかには、たまらないものがあった。
私がジョーに共感したように、鑑賞者はそれぞれ少なからずマーチ家の四姉妹に自身を重ねるのではないだろうか。
後日一緒に今作を鑑賞した女性アーティストの友人は、四女のエイミーと自身を重ねていた。
彼女は、四姉妹の幼馴染で近所のお坊ちゃまローリーと、彼に恋心を抱くエイミーの会話のシーンが印象的だと言う。
画家の夢をあきらめると言うエイミーに、ローリーはこう問いかける。
“女性に天才画家はいない。それはなぜだろう。評価をするのは誰だと思う?”と。エイミーはそれに、“男性。”と答えるのだ。
確かにアーティストとしての視点から見ると、これは心に刺さる会話である。
その友人は、女性アーティストの置かれる状況が「今でもこの頃とあまり変わらない」という絶望をこぼしていた。
彼女は今作について、“フェミニズムの入門として男性にこそ観てほしい。これでも相当マイルドに優しく描いているから。”と言っていた。
(同時代のアメリカ南北戦争を舞台にした名作「風と共に去りぬ」の主人公スカーレットは、やむにやまれず兵士を殺害してしまうので、それと比べると確かに「若草物語」は優しい物語だ。)
私もエンドロールが終わり席を立った直後は、感動のあまり“全女性に観てほしい!”と思ったが、自宅に帰るころには男性にも観てほしいなと思い始め、“全人類観て!”に変わっていた。
是非とも男性に今作をおすすめしたい。
ところで、「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」がアカデミー賞作品賞にノミネートされた2020年のレッドカーペットで、女優のナタリー・ポートマンが身にまとったドレスが話題になっていた。
彼女は、その年監督賞にノミネートされなかった女性監督たちの名前を刺繍したドレスを着て現れたのだ。
2020年のノミネートは特に白人男性の割合が高く、それに対する批判のドレスだったという。
ちなみにこの年、「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」の女性監督グレタ・カーヴィグも監督賞のノミネートを逃している。
「若草物語」がいまだに世界中で愛され続け、女性たちの共感を呼んでいるのは、もちろん物語の素晴らしさ、先進性にもよる。
しかしそれに比べて、女性が抱く問題への歩みの遅さ、変われない現代には疑問を投げかけるべきだろう。
今作は、改めてそこにフォーカスをあてた新しい「若草物語」なのである。
余談だが、「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」に感動した私は、「若草物語」感のある、深緑のワンピースと臙脂のコートをつい買ってしまった。
2020年度アカデミー賞衣装デザイン賞受賞作品の影響力はさすがである。
いつも心に「若草物語」。私もこの服を着て、ジョーのように風を切って颯爽と歩きたい。
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