ラテン音楽とHIP-HOPのビートが巻き起こす、マイノリティとマジョリティを反転させる熱く明るい風 (「イン・ザ・ハイツ(2021年)」レビュー)

review

 「故郷の音楽で語ろう」。ラテン系移民でニューヨーク育ちのウスナビがそうつぶやくと、ラテンのビートに乗せて登場人物たちが歌い出し、映画がテンポよく走り始める。

 舞台はニューヨークの一角、移民が多く住む街「ワシントン・ハイツ」。

 登場人物は「ワシントン・ハイツ」に暮らす、ドミニカ共和国、プエルトリコ、キューバ出身のラテン系移民たちだ。

 主人公の一人、ドミニカ共和国をルーツとするウスナビは、飲食雑貨店を営みながら故郷のバーを再建することを夢見ている。

 

実を言うと、私は昔からミュージカル映画が苦手である。今作も、最初は「ゲッ、全編ミュージカルなの?」と怖気づいた。

 そんな心配を吹き飛ばしてくれたのは、心地よいラテンのビートだった。

 私は何年か前、キューバに旅行で訪れたことがある。

 冬が嫌いで夏が大好きな私にはぴったりの、カラッとした暑さだった。そして街にはそこら中に音楽があふれていた。

 ラテンの音楽を聴くと、キューバの太陽の暑さ、透き通った青い海、鮮やかな青い空、真っ白な砂浜が思い出される。

 今作に流れるビートは、私の苦手ないわゆる「ミュージカル」とは、ひと味違った。

 さらにユニークなのは、故郷のラテン音楽に加えて彼らの育ったニューヨークの音楽、HIP-HOPもミックスされているところだ。

 ラテン音楽とHIP-HOPのミックス、映画を流れるビートそのものが彼らのルーツを表しているのだ。

 彼らの人生から紡ぎ出される生身のビートが心地良く、本来ミュージカルが苦手な私でもその波に乗ることが出来た。

 劇中に「宝くじが当たったらどうしよう!?」と街の皆が歌う、「96,000」という曲のシーンがある。

 曲の初めは「そんなバカな」と笑って観ていたが、それは「ワシントン・ハイツ」の一人一人の切実な夢の話だと気付く。

 彼らは日々苦しい生活の中で、それぞれの夢を胸に生きていたのだ。

 

ヒロインのヴァネッサは、ファッションデザイナーを夢見て美容師をして暮らしている。

 彼女は自分の店を持ちたいが移民としてあしらわれ、部屋を借りることができない。

 ヴァネッサが自分の夢を歌い、街が色とりどりの布で覆われるシーンがとても鮮やかで、いまだに色彩が目に残る。

 

「96,000」は街の皆が胸に秘めていた夢を揺り起こす。プールでの情熱的な群舞が印象的だ。

 「夢があるから生きていける」とはよく言うが、その通りだと思える力強さを今作全体に感じた。

 音楽はもちろんのこと、色彩の豊かさ、アニメーションを取り入れたり天地を操作したりする映像的な楽しさ、演出的遊び心も見どころだ。

 

そんな前向きな希望を与える今作だが、それだけに留まらず現代の移民の問題も同じく歌い上げているのが大きなポイントだ。

 もう一人のヒロインであるニーナは街一番の秀才で、ワシントン・ハイツからアメリカの名門スタンフォード大学に入学した街のスターである。

 しかし希望にあふれて名門大学に入った彼女を待ち受けていたのは、白人社会からのひどい差別だった。

 打ちひしがれたニーナは退学届けを提出し、ワシントン・ハイツへ帰って来る。

 ニーナの事情を知らない街の人々は皆彼女に優しく、スターとして扱ってくれるのだった。

 

 「移民を差別する白人」は「イン・ザ・ハイツ」では話として出てくるのみで、直接画面に登場することはほとんどない。

 一般的にマジョリティとされる「移民を差別する白人」こそが、この移民の街「ワシントン・ハイツ」ではマイノリティなのだ。

 「移民を差別する白人」を、映画の舞台である移民の街「ワシントン・ハイツ」において「外部」として描くことで、鑑賞者がどんなルーツであろうと共感できる構造になっている。

 かくいう私も、日本生まれ日本育ちで人種も日本人だが、「ワシントン・ハイツ」の人々に共感を覚えた。

 愛国心の薄い私だが、例えばコロナ渦の今アメリカに移住することになれば、横行する「アジアンヘイト」に直面することが予想される。

 また例を挙げると、世界的ラッパーであるエミネム主演の自伝的映画「8 Mile」では、黒人ラッパーをメインとした音楽シーンの中で差別される白人ラッパーが描かれている。

 ところ変われば、誰しもがマイノリティの移民として差別を受ける可能性があるということだ。

 「ワシントン・ハイツ」を舞台に設置し、ラテンとHIP-HOPのビートでマイノリティとマジョリティを逆転させて見せ、世界の違った見方を人々に教えてくれる熱い映画、それが今作なのである。

 世界の人々が移民の問題を「自分事」として捉えるのに、きっと一役買うだろう。

 寒く厳しいコロナ渦を過ごしている今、ラテンの熱い熱い真夏の風と明るい太陽のようなラップのビートに元気をもらえるはずだ。

 スーパーエナジームービーとして、世界中に胸を張って勧めたい一作である。

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