宮城リョータの17年と40分。試合時間残り24秒―。“今”を生きる力を与えてくれる、きらめく瞬間の表現(『THE FIRST SLAM DUNK(2022年)』レビュー)

review

 


“17年と40分”。これは映画『THE FIRST SLAM DUNK』における“2本の時間軸”のことだ。(※1)今作の主人公である宮城リョータが過ごした17年の人生と、作中で描かれる湘北高等学校VS山王工業高校の40分の1試合を示す数字である。

 

昨年2023年国内興行収入1位を獲得した映画『THE FIRST SLAM DUNK』が、8月13日より全国劇場にて復活上映されている。期間は9月1日まで。

原作は、国内におけるシリーズ累計発行部数1億2000万部以上を誇る伝説のバスケ漫画『SLAM DUNK』。その原作者である井上雄彦自身が「読者に喜んでもらいたい」という気持ちから、脚本・監督をも務めることで、昔からの原作ファンも納得する高いクオリティで鑑賞者を圧倒した本作。

まだ観ていない人にも是非、映画館でこそ本作を観て欲しいという制作陣の想いにより、復活上映前からNetflixにて独占配信もされている。

 

井上監督は映画タイトルの“THE FIRST”について、「何回観ても初めてのように観てもらう」という意味も込められていると語った。(※1)

実際『THE FIRST SLAM DUNK』(通称“ザファ”)ファンの1人である筆者も、今回の復活上映期間中計7回劇場に足を運んだ。井上監督の言葉通り、劇場にて10回以上本作を観ている筆者でも、毎回新鮮に感動し全く飽きることがない。筆者のような鑑賞者が何度でも観たくなるほど、様々な魅力を持つ『THE FIRST SLAM DUNK』。

今回は特に、その卓越した時間表現について着目し掘り下げていきたい。

 

 

試合時間残り24秒―。一瞬の輝きを際立てる巧みな時間表現

筆者が10回観て10回ともまるで初めて観るかのように新鮮な気持ちで、毎回爪が食い込むほど手に汗握るシーンがある。

試合時間残り24秒―。湘北に逆転された山王のオフェンスから始まる、試合終了まで音楽もセリフもなしのとびきり秀逸な4分間にわたる演出だ。

 

まずは「心臓バクバク」の鼓動の音。周囲の音や声が聞こえない、いわゆる“ゾーン”に入ったかのような感覚の表現。

画面いっぱいに映る今作主人公宮城リョータのあごのアップ。あごから汗のしずくがゆっくりと離れ、突然素早く落下する描写によって、王者山王のプレッシャーからの緊迫および、その速攻の驚異的なスピード感と緩急を表現している。さらに画面に描かれた斜線とVHSを早回しするような音がそれを加速させる。

山王が逆転シュートを決め、試合時間残り9秒。桜木による「ゴールにダッシュ」からの湘北のオフェンスは、残り時間を刻む針の音のみで表現。針が刻む音により試合終了に間に合うのかという焦燥感が煽られ、息をするのも忘れ、握り締めた手に汗をかく1分間である。

そして漫画史に残る桜木花道の名言「左手はそえるだけ」は、あえて無音とし口の動きのみで伝えた。

桜木が「合宿シュート」であるジャンプシュートを放ち、タイムカウントが0.0になると、ピタリと時計の針の音が止む。そこからボールがリングを通り、桜木と流川がハイタッチを交わすまで、完全なる無音の1分間という恐るべき演出だ。

劇場における観客たちの息をのんだ緊張感と静寂が、作品内の観客とシンクロし、一体感を生み出していた。その感覚がありありとこの身に思い起こされる。

 

これらの巧みな演出によって、はじけた喜びは倍増し、79-78の数字と共にあの夏の一瞬の輝きが鑑賞者の心に永遠に焼き付いたのだ。

 

 

原作主人公桜木花道の「俺は今なんだよ」の精神

実際この試合のラストシーンは原作でも、「左手はそえるだけ」以外のセリフはなしで、とてつもない疾走感によって描かれている。

今回の映画制作において、漫画のコマ割り表現と映画の時間表現の違いに苦心したと話す井上雄彦。(※2)その苦悩のかいもあって、原作の名シーンの勢いを映像でも同様もしくは原作以上に体感できる仕上がりになっており、お見事の一言である。

 

思えば原作漫画『SLAM DUNK』が1990年から1996年の6年間にわたる連載で描いたのは、桜木花道が過ごした4か月の出来事だ。4か月というと高校生の1学期と少し。

さらに言えば、湘北バスケ部スタメン5が揃ってプレイしたのはわずか3か月。

また原作の山王との試合は、残り時間2分をコミックス(新装再編版)1冊分丸々使って描いていた。

高校生である桜木花道にとって、バスケと出会ってからの4か月は、6年間に及ぶ密度の高さと言っても過言ではないということだ。なんと言っても桜木自身が「俺は今なんだよ」と黄金期を断言しているのだから。

このように『SLAM DUNK』は、主人公桜木花道視点で語られるたった4か月の物語なのである。

 

2004年にはシリーズ単行本発行部数が累計1億冊を突破したことを記念し、原作最終話から10日後のキャラクターたちが廃校の黒板に描かれるイベントが開催された。その際、井上雄彦は読者へのメッセージとして黒板にこう綴っている。

「読み手と読み手を、同じ記憶でつなぎとめたり、ある人の過去と今をつなぎとめていたり、物語にそんな力があるとすれば、描いてきてよかったと今、強く思います。」

『あれから10日後』黒板より(※3)

 

そして2022年12月、連載終了から約26年の月日を経て、新作映画『THE FIRST SLAM DUNK』が公開された。

あれから26年後―。2時間4分13秒のこの映画が、井上雄彦が企画を打診されてからは13年、企画承諾からは8年、実制作4年をかけて、ついに完成したのだ。

 

 

宮城リョータの“17年と40分”

原作の『SLAM DUNK』が桜木花道目線で語られたのに対し、映画『THE FIRST SLAM DUNK』は主人公を湘北のポイントガードである宮城リョータにスイッチし、新しい目線での『SLAM DUNK』で鑑賞者を驚かせた。

井上監督は本作を、「17年と40分」という「二本の時間軸が同時進行している」作品にしたかったと語っている。(※1)

「17年と40分」とは、“宮城リョータが過ごした17年の人生”と“湘北VS山王の40分の1試合”のことなのである。

 

さらに井上監督は今作で一番気を付けたことについて、「プレーヤー目線のリアリティー」だと語る。それは「主観的な感覚」つまり「観た人が自分ごとになるリアルさ」だとも説明している。(※1)

つまり『THE FIRST SLAM DUNK』は、“宮城リョータの主観的な時間軸”で描かれているということなのだ。

原作が桜木花道の4か月を6年描き、2分間を漫画1冊分使ったのと同様に、時間や数字が宮城リョータの主観によって伸縮し揺らぎを見せるということ。このことは今作における時間の感覚や流れ、試合のスピード感にも共通している。

 

試合シーンでは特に、バスケットボールというスポーツが持つテンポの速さを実感するはずだ。加えて今作の主人公宮城リョータという選手が誇る、「スピードなら俺がNo.1」なプレイスタイルがそれを加速させている。

さらにThe Birthdayと10-FEETのロックチューンが映画の疾走感を後押しした。今を生き続けたロックン・ローラー、チバユウスケの歌声はずっとここに響いている。

今作で描かれた40分の1試合。これからも続く人生の中のわずか“40分”の1試合だ。だからこそ輝く瞬間の表現、その時その時を駆け抜けるきらめきが際立っているのだ。

 

本作は宮城リョータの「17年と40分」であり、人生と1試合が交互に重なり進む構造になっている。鑑賞者は宮城リョータが感じた“時間”そのものを体験させられ、“時間”というものについて思いを馳せることになる。“過去(17年)”と“今(40分)”が重なり、“未来”へと繋がっていく。宮城リョータにとっての過去現在未来とは、大切な人の喪失、湘北VS王者山王の試合、アメリカバスケへの挑戦のこと。

“今”を重ねることで、過去を受け止め未来に繋げた。そして宮城リョータの人生は続く。

 

井上監督は今作のメインテーマについてこう語っている。「弱い者や傷ついた者がそれでも前へ出る。痛みを乗り越え、一歩を踏み出す。これが今回の映画のテーマだと」―。(※2)

人それぞれに過去現在未来があるだろう。『THE FIRST SLAM DUNK』は、過去を受け止め、今この瞬間を生き、未来へと歩む勇気を鑑賞者に与えてくれる。言葉にするとありきたりなようだが、ここまでダイレクトに心と体にそれが伝わる作品もなかなかないはず。これは「主観的な感覚」「観た人が自分ごとになるリアルさ」にこだわった本作の表現に由来しているのだ。

『THE FIRST SLAM DUNK』は、もう一歩を踏み出す勇気が欲しい人の背中を力強く後押しする、光輝く映画だ。ザファを観るたび、“今”を生きる力がまた湧いて来る。そして今を生きる力が、明日を生きぬく希望となるのだ。

 

ファンの声に応えてくれた『THE FIRST SLAM DUNK』、心から復活上映ありがとう!!!!!!!!!!!!! みんなでザファを観て、笑って泣いて語り合った最高の夏を忘れない。

「123、勝―つ!!!!!」

 

※1

『THE FIRST SLAM DUNK』Blu-rayボーナスディスク① 井上雄彦監督インタビュー

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※2

『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』(2022年12月)井上雄彦ロングインタビュー

THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE/井上 雄彦 | 集英社 ― SHUEISHA ―
劇場版アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』の驚異の完成度を実現させた“土台(ベース)”と言える要素を1冊に集約!!■映画の制作過程で、井上雄彦先生が映像を創造するために描き起こした“絵”と、ドラマを演出するために書き起こした“文...

 

※3

『SLAM DUNK 10DAYS AFTER complete』(2009年4月)

 

原作コミックス

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